夏の昼、ひねもすおばけおばけ……かな?――『おばけかな?』いちかわ けいこ(作),西村 敏雄(絵)

初めて俳句に接した時に「ひねもすのたりのたり……かな?」と思った人は大勢いるだろうけど、本作は「ひねもすおばけおばけ哉」であり「御化真名」ではなくおばけかな

実のところこの絵本、だいぶホラーな雰囲気を感じて私は戦慄を覚えるんだけど、他の人はそうでもないみたい。うちの娘(1歳6ヶ月)なんか気に入っちゃって気軽にこれを私のところに持って来て「おんで(読んで)」と言う。お前ら怖くないのかこの本が。この本が。

本作の主人公であるひなこちゃんは自宅を出発し、家の前の道を歩き出す。家の前には川があり、そこに一つの橋がかかっている。彼女は橋を渡り、川を横切って、ページの右端に消える。

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次のページを開くと、そこは寂しげな竹藪。ざわ……ざわ……。ひなこちゃんはふと立ち止まる。

 「あれ? だれか いるような…」
ふりむいてみたけれど、だれも いません。

って、地の文は「誰もいません」て言い切っちゃってるけど、竹藪の中になんかいるよ!

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本作は世にも珍しい「地の文と絵が一致しない」絵本なんである。地の文はあくまでも常識的に世俗的に「見えないものは見えない」と淡々としているのだけれど、しかしその語られない「アレ」が絵には描かれている。
これ、子どもに読み聞かせるときやりづらくてしょうがねぇ。「誰もいません」て淡々と読むだけだったら、この絵本、意味がわからない。

さて「誰もいない」竹藪を抜けると川があり、そこに一つの橋がかかっている。彼女は橋を渡り、川を横切って、ページの右端に消える。

 

次の頁を開くと、そこは大きな井戸の前。地の文は「誰もいません」て言い切っちゃってるけど(以下略
しかも二つに増えてるよ……(震え声)

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「三途の川」の例を出すまでもなく、川は古来、土地を分かつ境界線であり、そこを越えるということは異世界へ旅立つことにほかならぬ。ページをめくるたび、ひなこちゃんはずんずんずんずんと橋を渡り川を越えて、異世界の異世界のそのまた異世界へと歩みを進める。何のためらいもなく何の恐れもなくずんずんと……あとをつけてくる「何か」を増やしながら……ホント何も考えてないだろお前

彼女がどうなるのかは本書を読んでご確認頂きたいのだが、心配しなくても、別に大したことにはならない。しかしだとしても、本作では結局語られないままの謎が多すぎる。

  • そもそも彼女は、何のために歩き出したのか? なぜこんなにも川を越えていく(異世界へ歩みを進める)のか? 何を目指しているのか?
  • 「アレ」たちは一体なぜひなこちゃんについていくのか? 何が目的だったのか?
  • 物語の舞台となるこの地形はちょっと異常ではないか?
  • 終盤登場する「蜘蛛」とは一体何か? スパイダーマンもとい芥川の「蜘蛛の糸」のように天の助けを意味するのだろうか?
  • 彼女の自宅はなぜこんな異常な土地の近縁に属しているのか? 彼女の家族はどこにいるのか?
  • 彼女の家から逆方向(ページ左)に進むと何があるのか?
  • これは一種の「呪的逃走説話」ではないのか? 彼女はなぜ逃走に成功したのか? 彼女は何を後ろに投げたのか? そもそも、彼女は逃走に成功したのか?

考えれば考えるほど恐ろしい。こんな凄みのある絵本はそうそうない。でもうちの娘(1歳6ヶ月)は今日も持ってくる。怖ェよ-。

ちなみに娘は「こわい」という単語を理解しており発声もできるが、「こゎ」が融合しがちで、しかも「かわいい」とごっちゃになっている気がする。「かわいい」「こわい」。言われてみれば、その二つは同じものかもしれないな……。

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