赤子を寝かしつける方法
赤子を寝かしつける方法 第1回「長い長い話」
うちのカミさんを中心に「もがみさんは赤子を寝かしつけるのが巧い」というプロパガンダが浸透しつつある。
カミさんの友人(♀)も、あるいはカミさんの妹のとこでも、男性陣は赤子を寝かしつけるのに相当苦労するのだという。女性陣は授乳によって半ば強制的に赤子を寝かしつけることができるのだが、男性にはそれができない。
そのため男性陣は苦労するのが通例らしい。私のように寝かしつけができる男性は少ない……とカミさんは喧伝している。実際には「うちの娘が特殊」という可能性もなくはないのだが。
そんなカミさんが曰く「寝かしつける方法を知りたい人(特に男性)はたくさんいるんだから、ブログに書けばいいと思う」。
私は当初それを聞いて、無理だと思った。とても説明できないと思った。それから思い返して、いやいや、説明できないことはない。ただし、大変長文になるな、と思った。
うちの娘を寝かしつける際に私が考えていることは、実際にはかなりいろいろな思想の合計である。インスタントな「赤子を寝かせるメソッド」を求めているなら、それはここにはない。
私がやっていることの思想を説明しようとすると、それは長い長い話になる。それでも、聞いて(読んで)みたいという人がいるかもしれないなら、3回に分けて書いてみようと思う。
赤子を寝かしつける方法 第2回「赤子とつきあうために/対話篇」
大学時代、哲学で心身一元論というのを習った。人の心は体(主に脳)と一体であり、「心と体」という区分はないとする考え方だ。
人間の心は動作に現れ、逆に、動作に現れない心は伺い知ることなどできない。発声による対話に慣れてしまうとそれ以外の部分は忘れがちだが、人のいかなる動作も内的な心性の表れであることに違いはない。
赤子との対話は、まさにこの身体の表現を読み解くことから始めないといけない。赤子に発話はない。しかし、ボディランゲージは、ある。
『サトラレ』という漫画がある。設定の詳細は省くが、雑誌でたまたま読んだ第24話「サトラレとつきあうために」という回に、将棋棋士の宮本名人が、幼稚園ですれ違った家族連れのささやかな言動から、彼らの考えを読み解くシーンが印象的だった。棋士としての鋭い洞察もさることながら、「人は皆、心が動作に現れるもので、人もサトラレも大同小異である」という発想が面白い。
作品のナレーションは「しぐさや行動から/ほんの少しずつ相手の気持ちがもれでて来るのが解るハズです」と締めくくっている。
また『拳児』という拳法漫画では、主人公が聴勁(ちょうけい)の修業をするシーンが面白かった。聴勁というのは、相手との接触点から相手の動きを読み解く技術である。すごく簡単に言うと、目隠しして右手で握手をした状態で、相手の左手(あるいは全身)の動きを察知するようなことだ。
拳児に聴勁を教える陳諸才という老人は「長年、聴勁の練習を正しくやっていれば、人の心は読みとりやすくなるんだ」と言っている。拳児はさらりと「へー、恐ろしいもんですね」みたいな相づちを打っていて、信じてんだか信じてないんだかわかんないが、私は割と納得できる気がした。相手の身体の動きを繊細に察知するということは、相手の心の動きを知ることにつながっている。
赤ん坊を寝かせようとする時に、世間の人は、どのくらい真剣に、赤ん坊の身になって考えているんだろうか。私は割と真剣だ。3ヶ月の娘が何を考え、どうしたいと思っていて、何が不満なのか、常に考えながら、娘に集中している。時にはカミさんに話しかけられても意図的に無視するくらい、娘の一挙手一投足に集中し、娘に与える刺激をコントロールしようとする。その間は、声も、動作も、すべて娘を寝かせるためだけにある。
娘は眠そうにする時もあるし、泣き出す時もあるし、視線は何かを追っているし、こちらが揺すって一瞬落ち着く時もあるし、布団に背中が触れた瞬間に反発する時もある。それらすべてが彼女の言葉であり、私はそれを読み解き、なおかつ反論あるいは説得して(もちろん非言語コミュニケーションで)、時にはだましだまし丸め込んで、彼女を眠らせなければならない。
というのが、私が娘を眠らせるにあたって、必須と考える思想である。
赤子を寝かしつける方法 第3回「眠れぬ者への眠りの贈り手」
実のところ、私は、眠るのが大変得意だったりする。のび太ほどではないが、夜はすとんと落ちて眠る。一方で、昼寝とか、眠るために自分をコントロールするという意味でも、割と得意である。自分がリラックスして眠れる条件を理解することは、眠りの第一歩なのだ。
世の中には眠りが不得意な人がいて同情を禁じ得ない。しかもそういう人が赤子を寝かしつけようと思うなら、これはなかなか難しいチャレンジになる。
自分が眠る方法はいくつかのコツがあって、これはこのエントリの本題ではないから端折るけれども、まぁ何回か練習すればたぶん、できる。
しかし他人を寝かしつけるというのは、またさらに一つ難しい技術である。自分が眠れる条件を理解しつつ、それを他人の上に実現する。外的要因を整えてあげるということだ。
ぶっちゃけ赤子に限らず、隣にいる恋人を眠らせることができるか、そういう話なのだ、これは。自分が心地よく眠れるのはどんな時か、あるいは寝にくいのはどんな邪魔がある時か、よく理解して、それを一つずつ実現していく作業である。
以下は比較的具体的な、私が考えている外的要因になる。しかしここだけ読んでインスタントな理解を得ようったってそうはいかないので、やはり前回、赤子を寝かしつける方法 第2回「赤子とつきあうために/対話篇」で書いたような思想を念頭に、赤子が安心してすやすや眠れるようにしてやる気概が必要かと思う。
◆光
大人の場合、光は無い方が睡眠にいいとされている。ぼんやり形がわかる、以上の明るい光は睡眠の質を下げる。しかし一方で大人でも「真っ暗だと不安で眠れない」という人がいるように、赤子だって真っ暗だと不安がって寝ない。
かといってあんまり明るいと刺激になってこれも寝ない。特に、蛍光灯が付いていると赤子は目で追う傾向があるようだ。以前、赤子は本能的に白いものを見る習性があると聞いた(ものの見かたの練習のためらしい)。だから、蛍光灯が直視できる場所は避けた方がいい。
私は、蛍光灯が見えない薄暗い部屋の隅へ行くか、自分の頭で陰にして蛍光灯が赤子の目に入らないようにしている。
◆音とリズム
落ち着かせるフェーズと、眠らせるフェーズがあるので、まずその二つを区別する。
赤子が泣いている時には、リズムよく縦に揺すって、気を紛らわせ、落ち着かせる。私は低く「ホッ、ホッ、ホッ」と声を聞かせながら上下に揺すってやる。安定感が大事だと思っているので、声の調子が変わったり、揺すり方の強弱が変わったりしないよう、単調なくらい同じ揺すり方をキープしている。泣こうが喚こうが、こちらはペースを崩さない。決して、赤子のペースに乗ってはいけない。こちらがリードなのだ。
泣いていない時は眠らせるフェーズなので、横揺れに移行する。ゆっくり左右の足に交互に体重を移しながら、長い声を聞かせる。「ン~~~~」のようなハム音か「ホワ~~~~」みたいなクリスタル・ボウルの倍音っぽい音が多い。
この眠らせるフェーズでは、私はよく鼻歌を歌う。たいてい即興だ。これは、私が音楽を愛する才能を音楽の神様に与えられているおかげなので、普通の男性にはちょっと荷が重いかもしれない。ゆったりと長い音をハミングするだけでもいいと思う。あるいは、クラシック音楽とか流してもいいかもしれない。ちなみに、既成曲で寝かせる際、個人的に一番好きなのは「ラ・ラ・ルー」だ。
落ち着かせるフェーズから眠らせるフェーズまで、リズムはリタルダンド(だんだんゆっくりと)を意識する。最初♪≒100(1分間に100回)で揺すっていたのなら、次は♪≒50(2倍の間隔)で背中をポンポンと叩き、最後には♪≒30、20といった具合で、どんどんゆっくりにしていく。これは赤子にはかなり効き目がある。
◆呼吸
入眠に関して大変効果があるのについ見過ごしがちなのは呼吸だと思う。
人を眠らせたい時には、身体を軽く密着させ、相手の呼吸を感じられるようにする(こちらの呼吸も相手に伝わるくらいに)。それから、こちらの呼吸を少しずつ長く深呼吸にしていく。
人の呼吸のリズムを感じると、落ち着いて眠れる。これは自分でも他人でも、大人でも子どもでも変わらない。周囲の呼吸のペースがゆっくりになるのを感じると、自然と本人も呼吸がゆっくりになる。
赤子をあやし抱きながらずっと自分の呼吸を意識するのは難しいが、時々意識して呼吸をゆっくりにしてやると、赤子はコロリと落ちたりする。しめしめ。
◆抱き方
私の抱っこの仕方が正しいか保証がないのだが、縦抱っこの場合は、例えば左腕をお尻の下に横に通し、左手を右手の肘に軽く引っかけて固定(筋力の消耗を抑える)し、右手を娘の脇の下から背中へ通している。まだ娘は首が据わっていないし、一応後頭部を支えないといけない。脇の下を固めて胸に押しつけるので、割と密着感はあり、安定する。
ここぞというところで試すのが横抱っこで、両肘を締めて自分の身体に軽く付け、娘の手が自分の脇の下に通るようにして、頭の下とお尻か太ももの下を下腕部で支える。下腕部だけで体重を支えるので若干筋力は使うが、肘が身体についているのでそれほど消耗しない。手の位置を少し入れ替えればそのまま布団に置けるので、いよいよ眠たそうになってきたところで横抱っこに移行することが多い。もっともうちの娘は横抱っこが基本好きでないので、泣かれた場合は潔く縦抱っこに戻る。これを繰り返しつつ、横抱っこに慣らして布団に送り込むのが最終目的である。
◆布団へのランディング
ここは男性有利の部分である。何せ布団ギリギリの低空を手の力で支えつつ、柔らかく下ろすにはかなり手の力が要る。女性にはちょっとキビシイんじゃなかろうか。
イメージして頂きたい図がある。部屋の中にはルパン三世1人。部屋の中央には台座があり、ちょっとでも台座に衝撃を与えると罠が作動するようになっている。しかしその台座に赤子像をおかなければ宝物庫のドアが開かない。慎重に、慎重に赤子像を台座の上に載せ、一本ずつ指をずらし、そっと手を抜く……。
というように、衝撃ゼロで赤子を布団の上に置くために、こちらとら本気であり、必死である。しかし見事赤子を布団に移し、赤子が泣き出さなかった時には「あばよとっつぁ~ん!」な気分が味わえる。
もしも何か参考になるご意見があれば、コメントなどでお聞かせ願いたい。
自慢ではないが、なかなか新しく身につけようと思うと、難しいはずである。